三方よしカレンダー

2026年5月21日木曜日

第223回 三方よし研究会のご報告

 第223回 三方よし研究会(PRP療法と認知症ケアにおける地域連携の深化)が開催されましたので、ここに報告いたします。
2026年5月21日、東近江市立能登川病院(なごみ2階)にて、ハイブリッド方式で「第223回 三方よし研究会」が開催されました。今回は「PRP療法(再生医療)」の最前線と、「BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)を抱える家族支援」という、医療とケアの両面から非常に重要なテーマで議論が行われました。



1. 情報提供
〇地域を支える人材育成と会の運営基盤
事務局より地域医療・介護を支えるための重要な案内がありました。
介護職員の育成について(NPO法人加楽・楠神氏)
 三方よし研究会として力を合わせて、在宅ケアや在宅生活を支えていくために、11年前から『介護職員初任者研修』を実施しています。今年も来月から募集を開始し、7月4日に開講します。小串先生や花戸先生をはじめ、研究会の講師陣から直にお話を聞ける貴重な機会です。また、現場で働く方のステップアップを支援する『実務者研修』も4年前から実施しています。病院以外の介護現場の方々もぜひチャレンジしてください。



〇会の運営と会費について
(ヴォーリズ記念病院・加藤 氏、澤谷 氏)

                                           

研究会の運営は皆様の会費によって成り立っています。と加藤氏より説明があり、昨年度の未納分を含めた納入のお願いがありました。利便性向上のため、PayPayでの支払いや銀行振込が導入されていることも報告されました。
会計担当の澤谷氏からも、「会費ありきで運営が成り立っています。会計の立場からも重ねてお願い申し上げます」と、協力が呼びかけられました。

2. 開会の挨拶:
          
能登川病院・竹内院長より、会場提供の挨拶とともに、病院の目指す姿が語られました。
本川病院は以前は国保の病院でしたが、現在は社会医療法人昴会 能登川病院として運営しています。当院では現在、整形外科の川口先生による人工関節センター、脊椎診察、そして再生医療を柱の一つとしています。私自身は消化器内科が専門ですが、地域医療、コメディカルの皆様、そして三方よしの皆様に支えられて今日があります。我々医師だけでは何も運用できません。 地域の皆様が一人でも幸せな生涯を送れるよう、これからも医療等に関わっていきたいと考えています。

3. 30分学習会:当人工関節センターにおけるPRP療法の位置づけ


滋賀人工関節センター長・川口誠司 医師より、注目を集める再生医療の現状について専門的な解説が行われました。
・再生医療の可能性と課題: 再生医療は今、非常に注目を浴びています。iPS細胞を使った心筋治療などが進む一方で、安全性や効果が不十分なまま高額な費用を請求する『再生医療詐欺』のようなケースも散見されます。正しい意思を持って見ていかなければなりません。
・PRP(多血小板血漿)療法とは: 自身の血液を遠心分離し、血小板を濃縮して患部に注射する治療です。血小板に含まれる成長因子が組織修復を促します。自己血液を用いるため、アレルギーのリスクが極めて低いのが特徴です。
・当院での運用: 「変形性膝関節症に対し、ヒアルロン酸などの保存療法では効果が薄いが、手術まではしたくないという患者さんへの『新しい保存療法の選択肢(裏メニュー)』として位置づけています。費用は自由診療で55,000円。私が調べた中では最も安価な設定にしました。一ヶ月に1回、計3回の連続投与を推奨しています。
※メッセージ: PRPは魔法のように軟骨を再生させるものではなく、あくまで炎症を抑えるものです。最も重要なのは依然として『大腿四頭筋の筋トレ(運動療法)』です。PRPは、痛みを抑えて運動を可能にするための手助けなのです。また、高齢者のPRPよりも若年者のPRPの方が細胞増殖能力が高いという報告もあります。

4. 事例紹介:BPSDにより介護限界となった症例と地域連携の課題
認知症看護認定看護師・筒井良美 氏より、深刻な孤立に陥った家族の事例が報告されました。


症例の概要: 70代女性。アルツハイマー型と脳血管性の混合型認知症。独身の長男・次男と同居・・・。(個人情報のため、詳細は掲載せず。)
・浮き彫りになった連携の壁: 「診察時には患者本人が取り繕って穏やかに振る舞うため、医師が深刻なBPSDを把握できていませんでした。また、訪問看護からの報告書が適切に主治医の目に触れていない運用上の課題もありました。家族は本人の前では困りごとを言えず、結果として適切な薬物調整が遅れてしまいました。
・今後の改善策: 「診察時に家族が別室で話せる環境を整えるとともに、誰が評価しても客観的な指標となる『TPP13項目』などの評価ツールの導入を提案しています。


4.グループワーク


「若者ケアラーについての関わり、気づきから地域でできる支援を考える」および「BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)を抱える認知症患者・家族を、地域課題を踏まえてどのように支えるか」をテーマに行われました。

5.発表

〇1グループ:能登川包括・谷村氏による発表


まず、訪問看護などの専門職が関わっていたにもかかわらず、その情報が病院へ十分に届いていなかったことへの反省が話題となり、情報共有や連携のあり方について議論が行われたとの報告がありました。
また、「本人だけでなく、家族もケアの対象として考える必要がある」という意見が多く出されたことも紹介されました。長年にわたり家族だけで支援を続けてこられた背景を踏まえ、家族の負担感や孤立にも目を向けながら支援していくことの重要性が確認されたとのことでした。
さらに、専門職がそれぞれ単独で関わる「点」の支援ではなく、多職種が連携しながら在宅チームとして継続的に支える「線」の支援が必要ではないか、という意見も共有されました。
今回の事例では、本人に30年以上前から症状があった一方で、当時は「介護保険制度」や「ヤングケアラー」という概念がなかったことにも触れられました。そのような時代背景の中で、家族だけで支え続けてこられた状況を考えると、地域や専門職がどのようにSOSを受け止め、早い段階で支援につなげていくかが課題であるとの意見が出されたとのことでした。
また、地域で認知症の人や家族を見守るネットワークづくりの必要性についても話し合われたことが報告されました。認知症サポーターづくりを進めるだけでなく、専門職が地域へ出向き、顔の見える関係を築いていくことの大切さが確認されたとのことです。加えて、スーパーマーケットなど住民が日常的に利用する場所についても、「地域の社会資源」として捉え、支援のネットワークの中に取り込んでいく必要があるという提言もあったことが紹介されました。

2グループ:六心会・堤氏による発表


医療面も含めた多角的な視点から「家族の心理的なハードルを、どのように支えていくか」について意見交換が行われたことが報告されました。
まず、家族にとって認知症を正しく理解し、受け止めること自体が非常に難しいという意見が共有されました。特に、「元気だった頃の本人のイメージ」が強く残っているため、現在の姿を受け入れるまでには大きな葛藤が伴うことが話し合われたとのことでした。
また、施設利用に対する「預けてしまうような罪悪感」や、精神科医療に対する先入観が根強く存在していることも話題となり、その思いにどのように寄り添いながら支援につなげていくかが難しい課題として共有されたことが紹介されました。
さらに、家族自身が長年の介護や生活の中で苦しみを抱えながらも、その状態に自覚を持てていない場合もあるため、まずは丁寧に話を聴き、思いを受け止める関わりが重要ではないかという意見も出されたとのことです。その上で、地域住民が感じている「入院した方が良いのではないか」という視点と、家族が抱える思いとの間をつなぎ、信頼できる専門職へ結びつけていく役割の大切さも確認されたと報告されました。
加えて、支援は介護や医療だけに限定するのではなく、家族全体の生活に目を向ける必要があるという意見も共有されました。特に、息子さんたちの経済状況や将来設計、収入面などの生活課題にも関わりながら困りごとの解決を支援していくことで、新たな信頼関係が生まれ、支援につながる入口が広がっていくのではないかという意見が出されたことも紹介されました。

〇会場グループ:能登川病院・竹内氏による発表


病院や地域それぞれの立場から、早期介入に向けた具体的な仕組みづくりについて意見交換が行われたことが報告されました。
まず、家族が孤立し、うつ状態に陥る前に、地域で支えることはできなかったのかという点について議論があったことが紹介されました。以前のような「おせっかい」とも言える近所付き合いが少なくなり、見て見ぬふりをしてしまう地域の雰囲気がある中で、近所同士の良好な関係性を再構築していくことの大切さが共有されたとのことでした。
また、病院側の課題として、受診されるまでは家族や本人の異変に気づくことが難しい現状があることも報告されました。そのため、主治医の段階から訪問看護や介護サービスの導入について早期に提案・相談できる体制づくりが必要ではないかという意見が出されたとのことです。
さらに、地域での「拾い上げ」の取り組みについても意見が交わされ、徘徊している方への声かけや見守り訓練などを行うことで、「家族だけで何とかしなければならない」という思い込みを和らげ、「実は困っている」と言いやすい地域づくりにつながるのではないかという意見が共有されたことも紹介されました。
加えて、若い世代への支援のあり方についても話題となり、若い世代はまずインターネットで情報検索を行う傾向があるため、「相談窓口がすぐに見つかるデジタル環境」の整備が急務ではないかという意見が出されたとのことでした。また、日頃から連携業務に携わる専門職であっても、自分自身の親のことになると相談をためらってしまう現実があることから、相談のハードルを下げる工夫の必要性についても共有されたと報告されました。
そのほか、具体的な連携方法として、ケアマネジャーや訪問看護師が報告書だけでなく、「最近少し気になっている」といった段階でも、こまめに病院へ電話連絡を行うことで、早期介入につながるのではないかという提案もあったことが紹介されました。
最後に、若年性認知症に対する支援制度についても意見が出され、65歳未満で診断された場合に利用できる障害年金などの経済的支援について、医師や支援者が情報を共有しながら、必要な方へ適切につないでいくことが重要であるとまとめられたことが報告されました。

5.指定発言
〇医療法人社団昴会日野記念病院 副院長 山田 伸一郎 医師



山田医師より、社会構造の変化に伴う家族の孤立と、専門職による能動的な関わりの必要性について発言がありました。
まず、近年は地域や社会全体のつながりが弱くなっている中で、今回の事例のように、同居している家族であっても「家族ごと孤立しているケース」が少なくないのではないかとの指摘がありました。表面的には家族で生活していても、外部とのつながりが乏しく、支援につながりにくい状況が潜在的に多く存在しているのではないかとの見解が示されました。
また、今回の息子さん2人については、問題を整理し解決していく力に課題を抱えていた可能性や、長男がうつ状態にあったこと、さらに介護をどのように進めればよいのかという知識不足からくる不安も大きかったのではないか、との考察が述べられました。
その上で、こうした状況にある家族に対しては、「相談が来るのを待つ」のではなく、専門職側から一歩踏み込み、腹を割って話をするような関わりが必要ではないかとの提言がありました。認知症という診断がついているのであれば、その段階から具体的な支援や解決に向けて積極的に介入し、本人・家族を支えていく姿勢が求められるとの発言がありました。

〇NPO法人加楽 楠神渉氏



ケアマネジャーの立場から、BPSD(行動・心理症状)への向き合い方や、地域資源を活かした早期発見の仕組みづくりについて発言がありました。
まず、BPSDへの対応については、現れている症状だけに目が向きがちである一方、その背景には本人自身の困りごとや戸惑い、さらに支える家族の疲労感や孤立感があることを忘れてはならないとの発言がありました。そうした背景に、いかに早い段階で気づけるかが支援の本質ではないかとの考えが示されました。
また、今回のように20代の息子さんが仕事をしながら介護を担っている場合、医療機関や行政機関へ自ら相談に行くことは非常にハードルが高いことにも触れられました。その結果、本来医療側へ伝わるべき情報が届かず、支援が遅れてしまう状況が起きているのではないかとの指摘がありました。
さらに、医療機関や本人・家族だけで問題を抱え込むのではなく、「地域の力」を活かしていくことの重要性についても発言がありました。その具体例として、ある地域では認知症の勉強会に参加した方へ「卵1パック」を配布する取り組みを行っていることが紹介されました。こうしたちょっとした工夫があることで、仕事帰りの若い世代も参加しやすくなり、雑談の中で「実は、うちの母が最近少し気になっていて……」といった、日常の中の不安を自然に話せる場になっているとの説明がありました。
また、地域の中で不安を口にできる関係性があることで、地区のリーダーや民生委員、あるいは「お節介なおばさん」のような存在が、「それは病院に行った方がいいよ」と背中を押し、医療や支援につないでくれることの大切さについても語られました。こうした人と人とのつながりを地域の中に作っていくことが重要ではないかとの発言がありました。
加えて、認知症の症状が進行してからでは、新しい場所や人への不安が強くなるため、できるだけ早い段階からチームや地域とつながり、本人の居場所を作っていくことが重要であるとの意見も述べられました。
最後に、専門職ができる関わりとして、「本人の体重測定をしている短い時間に、別室で息子さんの本音を聞く」といった、ほんの少しの“隙間”の時間を大切にすることが、支援の糸口につながる場合があるとの発言がありました。専門職同士が連携しながら、そうした小さな関わりを積み重ね、多職種で支えていきたいとの思いが語られました。


6. 総括・閉会および次回予告
最後に、全体進行の小串輝男医師より「真面目な先生同士がこれだけ頑張っていることがよく分かり、非常に楽しかった」と総会への手応えが語られました。


【次回案内:6月18日(木)18:30〜】
次回は「共生社会と多様性」をテーマに開催されます。東近江市で増加する外国人住民との共生について、行政の担当者や国際交流協会の方を招き、多様性をどう受け入れるかを共に考えます。総会も併せて実施されますので、会員の皆様はぜひご参加ください。

また、会の維持には皆様の会費が不可欠であるとして、最後に改めてQRコード(PayPay)等による会費納入のお願いがあり、和やかな雰囲気の中で閉会となりました。


2026年4月16日木曜日

第222回 三方よし研究会開催のご報告

 本日、第222回の三方よし研究会が開催されましたので、ここに報告いたします。

日時:令和8年4月16日(木) 18:3020:30

会場:近江温泉病院(zoomによるwebで開催

当番:近江温泉病院



~ゴール~

〇「おい締め」について学ぶ

⾷⽀援を多職種でう際に必要なことを学ぶ

⾷⽀援について、地域の多職種が連携して取り組むべきことを考え、共有する


全体進行 小串 輝男先生

 

【情報提供】

「ナーシングホーム ヴォーリズ希望館」開設のお知らせ

 当館は2026年4月13日に開設された、癌や末期疾患の方の受け皿となる施設です。自宅のように24時間自由な生活を送りながら、看取りまで対応します。食事や生活援助は施設が行い、看護・介護は個別契約の訪問ステーションが提供する仕組みです。非癌の方でも対応可能な点が通常のホスピスとの違いとなります。どうぞよろしくお願いいたします。


【ご挨拶】

医療法人恒仁会  近江温泉病院  副院長  長谷川 正人先生


私以前は東近江総合医療センターで外科医を務めていました。久しぶりの研究会参加であり非常に喜ばしく、今回は自院が当番病院であり、症例報告があることを楽しみにしております。引き続きの研究会へ期待しております。



進行:瀧沢幸美さん



【30分学習会】

『人生最終段階の食支援~お食い締め

発表者:愛知学院大   健康科学教授: 牧

(博士(歯学)・言語聴覚士・日本心理学会認定心理士)


講師略歴としては、福井県出身。滋賀県のびわこ学園で初代言語聴覚士として勤務した後、オーストラリア留学等を経て、現在は愛知学院大学歯学部教授。摂食嚥下リハビリテーションや口腔ケアの専門として活動している。
・「お食い締め」は、生後100日目に行う「お食い初め」に対し、人生の最期を締めくくる食事という意味で名付けた。これは商標登録もされており、著書も電子書籍はあったが、2月に単行本も出版されており、自分で言うのもなんだが結構売れているようだ。
・ユングの言葉にもあるが、40歳以降は「死を学ぶ旅」であると言える。肉体の衰えや親の死を経験する中で、自分自身の死とも対話していく時期であると定義している
終末期に「食べて良いのか悪いのか」を判断するのは非常に難しく悩ましい。神様ではない私たちがチームで悩み、話し合いながら進めることこそが支援の自然な姿である
・科学的視点(エビデンス)と物語の視点(ナラティブ)について、急性期病院では医学的根拠(エビデンス)が優先されるが、人生の最終段階では、その人がどう生きてきたかという「物語(ナラティブ)」に寄り添い、どのような「落としどころ」を見出すかが重要になる。また施設の形態(老健、特養など)によって、求められるアプローチの比重は変化する。
30歳を超えた健康な人の半分以上が、夜間に無意識に誤嚥しているというデータがある。誤嚥したからといって即座に「絶食」とするのは早計な場合があり、リスク管理にこだわりすぎる医療者の姿勢に疑問を呈している
・自分の場合はともかく、家族のこととなると「死ぬかもしれないが好きなものを食べさせたい」か「リスクを避けて安全な食形態にする」か。自分のことなら選べても、愛する家族のことになると、多くの人が激しく葛藤し、日々意見が変わる
・ともすると現場では、リスクを懸念する「保守派」と、願いを叶えたい「積極派」で意見が分かれることが多い。私は「意見が分かれるのは正常な施設である証拠」とし、互いがブレーキとアクセルの役割を果たしながら、悩み抜くことが重要であると思っている
・ムンテラからICへ。そして「アドバンス・ディレクティブ(AD)」へ。日本では長くこのADという考え方が引きずられてきたが、アメリカなどでは「(有効性の)エビデンスがない」として、すでに却下(衰退)されている概念であると指摘されており、元気なうちから死生観を話し合う「アドバンス・ライフ・プラン(ALP)」が提唱され、そうすることで病気になった際の「人生会議(ACP)」がスムーズになる。世界が、そして厚労省がこのように舵を切っている。
・高齢期は誤嚥は避けられない。工夫としては、嚥下の意識化(うるさいと怒られることも)、出汁やあんこ汁で粘性を低下させる、窒息しても比較的喀出出来る量にする(小さ過ぎると叱られることも)、窒息や誤嚥時の動線を描いておく(日頃から救命練習を)、なによりも本人や家族に意を決してもらう(腹をくくってもらう)など。
・2003年、余命1週間とされた元医師の患者に対し、家族の強い希望で焼肉を焼くミッションを遂行した。「もう終わりだから」と正直に伝えた上で食べさせたところ、患者は活力を取り戻し、結果的にその後5年間生存したこの経験から、食べることは単なる栄養摂取ではなく、精神的なエネルギーになることを確信した
・小学5年生で余命1ヶ月と宣告された難病の少女。周囲が「良くなったらね」と嘘をついて食べさせない中、母親が「今日死んでもいいから夢を叶えてほしい」と私を頼ってきた呼吸や姿勢を整える「癒しの姿勢」で、本人と母親が望むものを一口ずつ提供。少女は喜び、結果として余命宣告を超えて9ヶ月間、満足して過ごすことができた
・お食い締めは、亡くなる本人だけでなく、残された家族が「十分なことをしてあげられた」と納得するためのプロセスでもある。家族が満足して「良いお別れ」ができたと思えることは、その後の遺族の人生(グリーフケア)において極めて重要である
・ハッピーならアクセル、アンハッピーならブレーキ。「食べさせることが正解」というわけではない。本人が苦痛なら中止し、喜びがあるなら進める。
・天命を全うしながら痩せて亡くなっていく自然な経過を認め、多職種で同じ方向を向いて寄り添うことが、最高のお食い締めにつながる
・ヨーロッパでも終末期の食事のガイドラインを作ろうとしたが、断念された。理由は「一人ひとりのエンディングは異なり、一律には決められないから」である。最後は本人、家族と対話して物語を紡ぐしかない








【症例報告

90代パーキンソン病女性 在宅から入院・看取りの5年間の経~本人・家族の想いに沿った食支援 

発表者:医療法人恒仁会  近江温泉病院

[訪問担当]言語聴覚士:上田麻美さん

[入院担当]理学療法士:中川めぐみさん、作業療法士:久田梓さん、言語聴覚士:久貝千里さん


⚫️発症から在宅療養期
・X年にパーキンソン病と診断され、徐々に転倒が増加したため病院の訪問リハビリを開始した。
・その後、さらに転倒しやすくなり、経口摂取量の低下や排泄・服薬管理が困難になったため、安全な療養生活の維持を目的に医療療養病棟へ入院した。
⚫️入院初期から3年間(栄養摂取としての食事期)
・入院当初はADLも見守りレベルであり、食事はソフト食などの自己摂取が可能で、服薬コントロールも安定していた。
・入院後の3年間は、徐々に転倒リスクが増大し介助の頻度も増えたが、本人の希望や症状に合わせて食事形態を細かく調整し、経口による栄養摂取を維持した。
・この時期は、売店へ買い物に行くことを楽しみの一つとして過ごしていた。
⚫️入院5年後:発症8年目(楽しみとしての食事期)
・転倒による外傷とごえん性肺炎を発症し一時絶食となったが、回復後にリクライニング車椅子での離床を再開した。
・嚥下評価の結果、誤嚥のリスクから十分な栄養確保が困難となり、胃瘻も提案されたが、本人・家族の希望により鼻腔経管栄養を選択した。
・経管栄養と並行して、看護・リハビリスタッフ間で介助方法を統一し、ヨーグルトやとろみジュースなど「楽しみレベル」での経口摂取を継続した。
・リハビリ行事の「ビアガーデン」への参加や自宅への一時外出を通じ、家族や知人との交流を深めた。
⚫️終末期(口にしたい思いへの寄り添い期)
・熱発や転落により離床が困難となり、方針を「本人の好きなものを味わう」緩和的な関わりへ移行した。
・コーヒー牛乳や息子が作った出汁などを少量ずつ味わう時間を大切にし、誕生日はスタッフとケーキでお祝いした。
・本人が希望した「コーヒー牛乳に浸したパン」を大きな口を開けて食べるなど、最期まで食べる意欲を尊重した。
・意思表示や嚥下が困難となってからは、口腔内の保湿や衛生保持を中心としたケアへ移行した。
・最後にとろみを口にしてから4日後、家族に見守られながら永眠した。
⚫️まとめ
病状が進行する中で、多職種チームが本人・家族と同じ方向を向いて意見を言い合い、1つ1つの関わりを積み重ねたことが、最終的にお食い締めにつながった。






【グループワーク

テーマ『食支援を地域の多職種連携で実現するには?

~視点~

〇所属が異なる多職種が同症例を担当したら、どうすれば、本人・家族を安心させられる連携ができるか?

〇役に立つ共有事項はあるか?(本人の性格、家族のキーパーソン、これまでの本人の文脈など

看取りまで情報を分かちあうために、日頃からどんなコミニュケーションが必要か?

 



【発表】

(1グループ)

  • 患者や家族が安心できる連携のためには、まず「本人の望み」がどこにあるのかを汲み取ることが重要
  • 単なる栄養摂取(エビデンス)としてだけでなく、それ以外の「食べる目的や意義」をチームで話し合い、希望を丁寧に聞き取ることが不可欠。
  • 看取りまで情報を共有するために、その人の「食べ物の歴史」や現在の希望をネットワークを通じて共有し、チーム全体で「送り締め」のタイミングや方法を模索していくことが大切


(2グループ)


  • 医師が「(食べて)大丈夫だよ、やっていいよ」と後押ししてくれる言葉は、ケアスタッフにとって大きな勇気になり、家族には安心感を与える
  • メンバーの中から、身内の最期に「食べさせなかったこと」を今でも悔やんでいるという実体験が語られた。家族が後悔しないよう、親族間でしっかり相談できる場が必要
  • 当事者のために、多職種が柔軟かつ気軽に情報を共有し、話し合える環境が求められている


(3グループ


  • 「食べるのも、食べさせないのも食支援である」という牧野先生の言葉に、これまでの経験から救われたという意見が多く出た
  • 闇雲に連絡を取り合うのではなく、コンダクト(舵取り)役がいることで、各職種が専門性を活かしたスムーズな支援が可能になる
  • 自分の好きな食べ物を言語化できないのに、他者の大切なものを汲み取ることはできない。まずは自分自身のACP(人生会議)を考えることから始めるべきだという意見にまとまった


(4グループ)


  • 病院では治療目的の食事指導が行われるが、在宅に戻る際の「食に関する情報提供」がほとんどない現状が課題として挙げられた
  • 病院には多職種チームが揃っているが、在宅では誰が食支援の舵取りをするのかが不明確となりやすい課題がある
  • ケアマネジャーが家族から聞き取った情報を、より広範囲のチーム(病院スタッフ等)と共有していく仕組みが必要


(会場グループ)


  • 本人と家族の意思を軸に、各専門職がどこまで安全性を確保して進められるかを検討した
  • 職種別の視点として、PTは食べるための「姿勢」の安全性に責任を持つ、OTは意思を引き出すための「コミュニケーション方法」を模索する、STは食形態の調整に加え、本人が「食べたい」と思える「認知段階」への働きかけを重視する、MSWは入院前の生活歴や詳細なエピソードを丁寧に聞き取るという違いがあり、それらを上手に活かしながら支援していくことが重要


【指定発言】

●湖東歯科医師会  口腔機能管理支援センター  歯科衛生士:溝井敬子さん



 牧野先生のお食い締めや、食べられなくなった時の選択、その落としどころについて深く考えさせられました。グループワークで出た「死に時が来たから食べられなくなったのだ」という言葉や、家族が「死刑執行人」のような役割を担わされてしまわないよう、本人が元気なうちから意見を汲み取っておく必要性を痛感しました

 前日に依頼を受けたばかりの余命2ヶ月の患者の事例があります。その患者は元々飲食業を営んでおり、食べることが非常に好きな方でした。私は歯科専門職として「歯の痛みを取り除き、美味しく食べられる時間を守りたい」「最期の日まで食べることを諦めない支援をしたい」とあらためて決意した次第です。そのためには、専門職同士がチームで相談・連携し、この研究会のネットワークも助けにしながら、患者の「食べたい」という思いを豊かな時間の中で支えていきたいと思います。ありがとうございました。


愛知学院大学 健康科学部教授:牧野日和先生


 まず対象者が重度になり看取りに向かうほど、もはや多職種チームでやるしかないと思います。多職種が頭を突き合わせても何もできなくなる瞬間が来るかもしれないが、患者や家族がチームに「何をすべきか」を、本人を通して教えてくれます
 また、今後の支援のあり方として、一つはナラティブ(物語)の蓄積が将来のエビデンスになる、ナラティブだけに走ると「宗教チック」になるため、両方を磨くべきですね。具体的には、肺炎リスクや、嚥下と一部を共有する「呼吸」の安定性など、医学的な視点も依然として重要であります
 また亡くなっていく人は死を悟っており、家族に感謝を表そうとするものです。「患者として死んでいくのではなく、その人として死んでいく」ことを応援し、死後に家族に何かを残してあげる支援は、食事支援以上に大事なことだと思います
 さらに医師の存在もやはり大事ですね。医師を内側から変えていく動きが全国で始まっており、それが大きなポイントになると思っています
 最後に、自身が初めて滋賀県に来た平成元年の頃と比べ、現在はこれほど多くの人が食支援を真剣に考えていることに驚きと喜びを感じています。お呼びいただきありがとうございました。


【連絡事項】

第223  三方よし研究会

〇日時:令和8年5月21日(木)18:30~20:30

当番医療法人昴会 湖東記念病

〇会場:能登川病院


 今日もとても考えさせられる深い学びの会となりました。牧野先生の症例は涙なしには聞けないお話、心が震えたと仰る先生の語りが印象的でした。ありがとうございました。

また次回もご参加お待ちしております。

ここまで読んでいただきありがとうございました。